2015'08.20 (Thu)

イネーブラーにならないためには

父以外にはあまり言ってないことだけど、

西原さんの本とか、こういう記事とかいろいろ読んでると、

「やっぱり離婚するのがベストなのでは。」

と思います。

ちなみに、この記事の人もアルコール依存症だと思う。

母は気の毒な人だとは思うけれど、

「かわいそう」だからと言って「責任を取らせない」のは本人にとってもっともよくないこと。

かといって兄弟の一人は母を依存症と思ってないし、

そうそう私の提案は通らない。

「せめて母街中で倒れて救急車で運ばれたら、救急外来の人が母をアルコール病棟に送り込んでくれないかなあ。」

とひそかに祈っていたりとかします。

アルコール病棟ではアルコールでガンガン人が死んでいくらしく、

死への恐怖からお酒を断つ人も出るそうです。

それでもやめない人もいるみたいですが…。

だからやっぱり、イネーブラーにならない覚悟が一番大切なんですね。
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2015'08.20 (Thu)

母の依存症発症のいきさつ

本日は母の生い立ちについて。

母はとある家の次女として生まれました。

お腹の中で母はよくお腹を蹴っていたので

家族はみんな男の子が生まれることを期待していたそうです。

ですが、女の子の母が生まれてしまいました。

母を生んだ祖母は産後に舅から、

「女しか産めなかったのにまだ寝てるのか。」

などと嫌味を言われていたそうです。

そのせいか祖母は母に「お前が男だったらよかったのに・・。」と母に言ったとか。

父親が男の子がほしかった反動なのか、それとも母が男っぽい性格だったのか

母は男の子がするようなことをよくさせられていたみたいです。

ドジョウをとりにいくなど、そういったことに姉が同行させられることはなく、

いつも自分ばかりが同行させられていたと母はよくぼやいていました。

小学校のガキ大将でもあった母ですが、

小、中での成績は良かったようで、

その地域一の進学校に届く成績でした。

進学校に進学したい母でしたが、

学歴コンプレックスを持ってもいた祖父は

「女に学歴なんて必要ない。」と、

となりの市の商業高校にしかいかせようとしません。

困り果てた母が担任に相談したところ、

担任が祖父を訪ねてきて、

「娘さんなら絶対合格しますから。」と説得してやっと受験許可が出ました。

しかし、祖父は自宅で勉強していたりすると、よく教科書を投げ飛ばしたり、母が勉強するのを嫌っていたそうです。

その後、母は短大に進学、

卒業して地元に就職したところ、

ミス○○(母の住んでいる地域の名前)の候補のひとりに選ばれました。

その話を聞いて、母は「あんたが?」と笑われたうえに、

「出場はまかりならん。」みたいなことを言われたみたいで、

母の勤め先の観光協会社長さんが

祖父に「出場させてくれ」と頼みに来たそうです。

かくして出場した母。結果、ミス○○は逃しました。

とはいっても母にはどうでもよかったみたいです。

母はそれよりも海外に行きたかったようです。

母は美容師を目指す友人とイギリスに家政婦をしながら語学留学をする手はずを整え、

パスポートを発行しようとしました。

しかし、当時はパスポート発行に保証人が必要な時代、

祖父が親戚一同に手を回し、パスポートを発行してもらえないようにしたために、

母はイギリスにはいけませんでした。

友人のほうはイギリスに行って、念願の美容師になっていると母はうらやましそうに言っていました。

その後、母は24歳になりました。

仕事をまだ続けたかった母ですが、

仕事を無理やり辞めさせられて、自宅に監禁に近い状態で、毎日お見合いをさせられます。

お見合いの後は「あいつと結婚しろ。」と言われ続けたのだとか。

しかも娘が遠く離れるのを恐れてか、そして嫡子である姉がひがまないようにするためか、

海外に行けそうな類の縁談は全部握りつぶしていたようです。

県外に嫁ぐような縁談も破談にしたそうです。

祖父はどうもこの手の縁談を母自身が嫌がって断ったことにしたらしく、

知人が「どうしてあの縁談を断ったの?」と聞いてきたことで母はそのことを知ることになります。

なので、県外勤務の方、もしくは海外に赴任する可能性のある職の方で母にお見合いを申し込み、断られた方は、

ほぼ間違いなく母に縁談の話は知らされず、祖父が一方的に断っています。

だから、お見合いを断られた方々に申し訳ないと思うとともに、

母がどういってきたと伝えられても、それは真実ではないのだから、

その言葉を気にしたり、引きずったりする必要は全くないと言いたいです。

母は、「海外に行けるんなら絶対に結婚していた。」と言っていましたから。

連日の結婚しろストレスで母は夜中に家を抜け出し、

自動販売機でウイスキーを買っては夜のうちに一本は飲み干して翌日のお見合いに臨む、

という生活を2年間続けていたそうです。

もともとお酒に強く、よく飲み比べをして相手を負かしていたみたいですが、

私は母が本格的な依存症に移行したのはこの2年間だと思っています。

母がお見合いを断り続けていたのはどうも海外に行きたかったらしく、

父と結婚したのはどうもそのためみたいなんですが、

お互いにはげしくボタンを掛け違っていた節もありました。

そのことについてはここではふれません。
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