2016'04.25 (Mon)

心理テストになるかもな~って思った曲

福山雅治さんの『道標』っていい曲ですね。

私は大好きです。

この曲を聴いて、皆さん誰が思い浮かびますか?

ご両親が思い浮かんだ方が多いのではないのでしょうか?

曲を作った福山さん自身もお母さんをイメージして作ったように感じます。

ご両親とか、人生で多大な影響を与えた人が思い浮かぶ曲ですよね。

実は私は、この曲を聴いて10年以上お世話になった当時の主治医が思い浮かびました。

まああれですね、

主治医と患者というよりも、親子関係に近かったですね。

好きで頻繁に聴く曲なんですけど、

聴いてると主治医をよく思い出しますね~。

きっと精神的な支柱になっている人が思い出される曲なのでしょう。

そういう要素を除いてもいい曲だけどね。
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2016'04.19 (Tue)

『人間、この未知なるもの』

ノーベル医学賞受賞者、アレクシス・カレルの本ですね。

大学の課題図書でした。

これに、わたしにとってとてもショックな内容が含まれていました。

『星病院や福祉施設はお金の無駄だから障害者などは処分すべきである』

といった主旨のことがらが書かれていました。

これでナーバスになってしまった私、

昔っから自分の存在に引け目を感じることが多かったし、

「自分が生まれてきたからお母さんが不幸になった」とか、

いろいろ複雑な自分への罪悪感とかも抱えていた時期です(いつわりのなんたらというやつですが)。

大いに動揺しやすい時期だったのかもしれません。

その動揺を主治医に伝えると、

「人類は一定確率で必ず精神疾患などが発生するようにできている。

精神疾患を持つ人間を殺しても、必ず一定確率で残りの集団から精神疾患が発生する。

殺して処分すればいいなんて理屈は意味がない行為だ。」

といった内容のことを言って怒り狂っていたのを覚えている。

アレクシス・カレルについてさらに調べてみると、

カレルのように「優生学」を支持する人は、この時代では多くいたみたいだ。

ーで、実践した人もいた。

アドルフ・ヒトラーだ。

『T4作戦』という名目で、

障害者7万人がガス室で殺されたみたいだ。

障害者を生かすお金は無駄金であると。

私は、大学で鬱を発症してから、

10年以上(正確には12年かな?)自分の鬱を隠していた。

理由は、カミングアウトするかアドバイスを求めた教授に、

「鬱のことは絶対に誰にも言うな。」

と言われたからでした。

「ここにいる奴らは、みんな選民意識の塊だ、お前は必ず差別を受ける。」と。

この大学にいる間、

絶えず私を苦しめた考えの一つに、

「この特殊な、ややもすると隔絶されがちな大きな塔の世界には、

ある種の優生学のようなものが存在していて、

私には最初から入れないことが決まっているのではないか。」

というものでした。

私の主治医は私と同じ大学出身で、

自分の出身大学に誇りを持っていたためか、

私がこの大学を離れて別の大学に行こうとしても、

「別に犯罪を犯したわけじゃなし、ただ具合が悪かっただけなんだからひどい目にあわされるわけがない。」

とかって思っていたらしい。

部活がらみの話もそんなわけであまり信じてもらえてなかった(←出身校への愛情がカウンセリングの妨げになった例と言えると思う)。

そんなこともあって大学に頑張って残っていたんだけど、

残念ながら結果は喜ばしいものではなかったね。

上記のアレクシス・カレルにまつわるエピソードと、

大学でのエピソードがリンクして思い出されてしまう私です。
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2016'04.18 (Mon)

さまざまな想像からひたすらに神経をすり減らした日々

私の日常が完全に変わってしまったことについてのお話。

本当に不気味なことが多々あったんだ。

最近でも、時々あるけど。

とにかく、本当に「怖かった」の一言。

あの県に住んでいたときは、

怖いものをみたくないかのように窓をピシャンと締められたり、

近くにいる人が怖がっている風に駆け足で走っていったこともあったし(主に同じキャンパスの人たち)

後は、かわいそうなものを見るような眼で見られて、なおかつ何かに怒っている人たち。

私に何もしてあげられないことを申し訳思っているように見えた人たちもいた。

こんなことから、当時の私が

「何か得体の知れない大きな力が私の人生に作用しているのではないか。」

という恐怖にさいなまれても不思議ではなかったと思う。

真実はまだ確かめられてないが、

私が一番最初に想像してしまったのは、

私のいた組織が深くかかわっているというのはもちろん、

乙丑さんが仲良くしていた(と思われる)華僑の人たちの存在だった。

この人たちは多分、乙丑さんとゴルフにも行っていたんだろうと思う。

彼のゴルフ仲間が一人、やたらと一時期「中国に進出する!」といっていたから。

そんなことがあったので私は

「華僑以外にも、さまざまな闇社会の人たちも関わっているからこんなことが起こっているんじゃないか。」とか考えて、

恐怖も膨らみに膨らんでいたのだった。

この県を離れたのちに、

テレビで「アンネの日記」を観ることがあったんだけど(映画とかじゃなく解説)、

その日記の中に、

「すれ違う通行人の人たちはみんな、『たすけてあげられなくてごめんなさい』とでもいうように、申し訳なさそうにこっちを見ていた」

的な記述があり(アンネが隠れ家に引っ越す日のお話し)、

「ああ、なんか似たような経験を私もしたような気がする・・・。」

と思ってしまったことで、私の恐怖はさらにエスカレート!!!

「アメリカに行こう、アメリカへ。」

とアメリカ移住を企てたことがあった(中国の影響から逃げる=アメリカにいく、という心理)。

最近は、以前ほどの恐怖感はないなあ。

なんだか、周りの人間が(通行人を含む)、

以前よりも楽観的なような、

以前よりもこっちに敬意を示してくれているような、

そんな気がするからそうなっているのかも知れないけれど(気持ちって本当に伝わってくるよね)。

だからこんな怖くてずっと書けなかったことが書けていたりもします。

不思議です。

それにしても真実は、本当のところはどうだったんでしょうね?
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