2017'06.12 (Mon)

障害がある方が喜ばれる場合とは?

母が末っ子を妊娠する前の暗黒期、
母が次のようなことを何度も言ってきた。
「この子はおかしい、本当に障害があると思うわ。」
そんなこともあり、
父にたぶん連れられ病院へ。
結果は「正常、母親の愛情が足りない。」
その結果を聞いて、
母は「全部私のせいにして。」と怒っていた。
普通、
障害がないとわかったら喜ぶと思うんだが、
それはなかった。
ちなみに、鬱になったときに
先天的な障害の有無を調べたんだけど(あくまでも鬱に関連するものだけど)、
そのときも「障害なし」と判断された。
もしも仮に私に障害があったとしたら、
母はどうしていたのだろうか?
先日、相模原事件のニュースを見て、
「母は私をこんな施設に入れたかったんじゃないんだろうか。」
とふと思った。
邪魔だと思っていたのは間違いないと思うので。
とはいえ、軽度の障害とかだったら入れるはずがないんだけど、
母はそういうところはあんまり考えない人だし。

先生が言っていた「愛情が足りない。」だって理由がある。
おぼろげにだけど、
「お母さんと普段、どんなお話をするの?」とか
「お母さんとどんな遊びをするの?」とかを聞かれたような気がする。
まあ、そういう雑談はするよね、たぶん。
そこで私が
「お母さんとはおしゃべりしない。すると怒られる。」とか
「お母さんとは遊んだことがない。遊ぼうとすると、怒られる。」
とかって答えたから、
そんな判断をされたのではないかと(実際そうだったし)。

実際、
私を産むときラマーズ法も知らなかったし。
田舎暮らしだったので、お母さん教室に通いづらかったということもあるけれど、
産みたくなかった子どもだったので、
妊娠・出産そのものに
向き合いたくなかったのではないかと。
小さいころ、私はなかなか話さなくて、
それも母が全く話しかけないのが原因だったし(心配した祖母が話しかけたら、すぐに話すようになった。)
子どもを産んだ事実を、
なかったことにしたかったのかも知れないと。

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