2017'06.28 (Wed)

院に入ったいきさつ

高熱が続き、人生初めての入院をしたろーたす。
そこで医師から、
「ベーチェット病の疑いがある。」と言われました。
そこで予防のために
「過労とストレスを避けてください。」と言われました。
ちょうど仕事の免許を取得したときだったのだけど、
この言葉で再び目の前が真っ暗に。
やっとなんとか大学を出て資格を取ったのに。
万が一、失明なんてしてしまったら、
免許そのものが失効になってしまう。
しかも、この仕事には労働基準法が適用されない。
一応、指導する立場の人に聞いてみたけれど、案の定、
「過労とストレスを避けられるところというものは、ありません。」
と返事された。
パートタイムで働くにも、
新人は実家から通わないと生活できない。
両親と同居しながら働くなんて、
鬱を再発させるようなものだ。
そこで、「研究者だったら、もうちょっとゆっくり働けるかも知れない。少なくとも経過観察期間(2~3年)は身体への負担をコントロールできる。」という理由で、院への進学を決めた。

ここでやはり、親は無理解を発揮。
入院時には娘の服をほしがり、
高額医療給付金は使い込んだことに加え、
今度は入院したにもかかわらず、
娘の「医師からこういう説明を受けたから、大学院に行くことにした。」という説明を、一切信じない。

そんなわけで、親からの支援はあてにできるはずもないから、
院へは奨学金を受けて通い、
授業料等はバイト代と奨学金をやりくりして支払っていた。

「無意味な実験をさせられている。」とは夢にも思わず。
「何とか自活できるようになって、あの親から離れたい。」
その事しか考えてなかった。

院生時代に出た経過観察の結果は
「治癒。あのとき発症しただけでしょう。もう心配ないですよ。」。
この点だけはよかったんだけど。

院生のとき、
「まだあんたは子どもを産んでないのか。」
と酔っぱらって電話してきた母。
娘が子どものときは、
「結婚は地獄だから、一生結婚するな。」っていつもいつも言っていたくせに。
「大学院なんて、下らないところにいって」
「月5万仕送りしなさい」
等々。
子供に結婚してほしいんなら、
子供がお洒落することを
「贅沢」と文句を言ってくるのもおかしいよね。
結局は、私の人生なんてどうでもよくて、
ただ金を稼がないのが気に入らないんだよね。

「進路選択もこんな人間の言うことを聞かなくちゃいけなかったから、こんな展開になったんじゃないか。やはり縁を切って自分で人生を選べるようになりたい。」
と思ったのを覚えている。

ちなみに、高校時代、
「よその学部をいきたい」と言ったときの母の返事は
「他のところに行くんなら、大学に行かせてあげない。」でした。
こういった母の一言一言に萎縮して、
母の言いなりになってしまったことは、
一生の後悔です。

いくら言うことを聞いても、
「死ね。」は言われるし、
結局安心して家で過ごせることは、ありませんでした。
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