2013'10.30 (Wed)

よい子とその親の本音の違い

昨日、父と喧嘩した。

また昔のことについてだ。

よい子をしたことを心底後悔したことについてだ。

父は「母のことでくたびれ果てていたんだ。」とまた言い訳した。

最近、父の言い訳は醜悪にしか感じられない。

それで責任逃れできないことが多すぎるのだ。

アルコール依存症の家庭で、

夫がアルコール依存症の家で、

「何をしたらいいのかわからない。」といって何もしない主婦に対して

西原さんは「あなたも加害者ですね。」

といった。

そこに激しく同意する。

幼いころの自分は、

いつも目の前の苦痛を逃れることばかりを考えて生きていた。

「平和で安全なところにいきたい。」

それが私のこれまでの人生を通しての悲願だった。

それを許さなかったのが、母と父だった。

母は良く私を殴ったり、毎日のようにくだらない生き物のように嘲笑した。

屈辱的な毎日だった。

小さいころ、母に自分の遊び相手をしてもらえた記憶は一度もない。

いつも母のところに行っては煙たがられ、追いやられ、

結局父の帰りをいつも庭で待っている自分がいた。

母はよく私を殴った。

一度だけ、父は私を守ったが、

それ以降は母が笑いながら私を殴るのを、

一緒になって盛り上げてた。

映画「告発の行方」でレイプされているジョディ・フォスターが、

レイプされているとき、

やんややんやと楽しみながらレイプしている加害者とそれを挑発している人たちが

レイプされている女性の視点から描かれていたが、

ちょうどアングル的にはあんな感じだった。

私は「やめて。」って何度も泣き叫んだけれど、

誰も助けてくれない、

それどころか私が泣き叫んでいるのを見て母はさらに面白がり、

父は笑いながらそれに合わせているのだ、いいや、本当に楽しんでいたのかも知れない。

4歳から6歳くらいのころの記憶だったと思う。

今も昨日のことのように覚えている。

極彩色の悪夢。

私にとって人生で一番生きるのが辛かった日々でもある。

私は、お母さんのオモチャだった。

いつも言われていた「ストレス解消にちょうどいい。」って。

ストレス解消に遊ぶオモチャ、それ以上でもそれ以下でもない。

利用できたら利用する。それ以外には用はない。

私はそういう存在だった。

でも、

子供のころの私は気付かなかった。

「何で私のことをいじめるの?。」って聞くと、

「虐めてない。」って親は言う。

それどころか、

「〇〇(私の名前)が悪いんだ。」って言ってきました。

あろうことか、あのときの私はその言葉を信じてしまったのです。

頼れるものが親しかいないので、

その親を信じることが、生き延びるための知恵だったのでしょう。

ある虐待の本で

「親から愛されていないと認めることは、その子供にとって死を意味する。」

という記述を見つけましたので、

そういうことだったのでしょう。

とはいえ、私はその言葉を信じることによって、

虚しく、実現することのない目標のために

ひたすら自分を否定して努力していくことになりました。

親から言われたことを総合して私が解釈したことは、

「私が悪い子だから親はあんなことをするんだ。」というものでした。

当時、私は親からされていることを、私のためにやっていることだと言い聞かされていました。

そして、親の虐待を「ひどいこと」と表現しようものなら、

私はいつも「キチガイ」のレッテルを母やその他の家族から張られてしまうのです。

家族全員から「キチガイ」呼ばわりされることはとても辛く、自殺を何度も考えました(当時4歳)。

それ以外でも、食事中、私だけが自由に話すことを許されなかったと思います。

私が話そうとすると、とたんに母が不機嫌になり、やめさせます。

そして弟の話を聞きたがるのです。

そのことについても父は私が悪いといっていました。

だから、よい子になろうとしました。

よい子になれば、安心して生きてもよくて、殴られずに、自分のことを好きになってくれて、

そして自分の気持ちをわかってくれると思ったからです。

でも、これらのことを、父も母もきれいさっぱりに忘れています。

記憶がないので、あのときの私の気持ちも、

あの時なぜあんなことをしたのかも、わかりようがないそうです。

幼いころ、あれほど求めた親の理解でした。

尊大な親でした。

尊大な分だけ、考えがあるのだと思っていましたが、

実際は良く調べもせずに娘の進路を決め、

強制した上に業界の実態に気付いた娘の言い分にまったく耳を貸しませんでした。

そして、「自分も大変だったんだ。」といった返答。

親の言うことに、中身などまったくなかったのだとわかりました。

そして父親がまた自分に「理解のあるよい子」になってほしい願望を持ってそうで嫌悪したことも本当です。

よい子がよい子になる理由って、何でしょう?

自分のことを好きになってほしいからです。

親の関心を自分に向けたりして、何とか自分の気持ちをわかってほしいからです。

ですが私の親のしたことは、

底なしに子供に寄りかかり、娘が押しつぶされて苦しんでいても完全に目を背け、

底なしの要求を押し付け続け、それができない娘を情け容赦なく責め立てました。

そう、

よい子になる子とによって愛情は手に入らないのです。

底なしに私を欲求をみたす道具にする親から離れなければ、

私は窒息して自殺していたかもしれません。

要求を押し付ける母と、逃げ道をふさぐ父、

この二人の共同作業は私を地獄へといざないました。

ないのです、中身は。

最初から、なかったんです。愛情は。

そして愛情は、努力で手に入るものではなく、

生まれついたときからの相性と、親の努力によって決まります。

だから子供の努力によっては無理なんです。

だから私のせいでもないんです。

でも親は、子供がよい子だと都合がいいんです。

面倒くさくないし、甘えられるし、ドンだけひどいことを言っても許してくれる。

自分の親代わりにすることができるんです。

親に愛されたくてよい子をする人たちへ、

その努力が報われることはないです。

親はあなたたちを大切にする必要性すら感じてません。

離れるべきです。

そして本当に愛してくれる人を見つけましょう。

あなた方がへとへとになっていても、

どんなに苦しんでいても、自分のことしか要求しない親は

あなたを愛している親ではありません。

愛する能力のない親かも知れません。

自分の人生がむちゃくちゃになる前に、離れましょう。

努力しても、愛情は手に入りません。あなたは好かれません。

今現在、後悔している(らしい)父親と一緒に暮らしていますが、

精神的に満たされた感じはないです。

衣食住は保障されている暮らしには感謝していますが、

父が反省しても、

子供のころに望んだ精神状態にはなりませんでした。

やはり、時期が問題なんでしょう。

親と関わりを持たずに生きていこうと決めたのがもう10年以上も前になります。

その時点で親への期待とか、気持ちとかが時間をかけて白けたものになってきていきましたから、

もう時間的に手遅れなところがあるのでしょう。

それにしても、

繊細な父親です。

いつも気を遣って

父のために言葉を選んだりしなくてはいけなかったのを思い出します。

父が嫌な思いをしないように。

父本人はというと、

どんなに私にひどいことを言っても平気な顔している父親でした。

今は一応、平和的になってるけれど、

憎しみが消えたわけではないです。

やはり最終的には離れて暮らすのが良いと考えている私です。

離れたほうがいちいち思い出さなくって、いいと思いますし。

例の事件で、まったく変ってしまった日常をどうやって修復していくかにもかかっていますが。
スポンサーサイト
14:52  |  自分ヒストリー  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  ↑Top

Comment

コメントを投稿する


 管理者だけに表示  (非公開コメント投稿可能)

▲TOP

Trackback

この記事のトラックバックURL

→http://kaihuku668.blog.fc2.com/tb.php/32-36a5f1d7

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

この記事へのトラックバック

▲TOP

 | HOME |